
日本の企業においても、経営戦略やIT技術を活用したDX化が推進されるようになりました。しかし、金融業界ではIT化やDX推進が他業界と比較して遅れており、迅速な対応が求められています。
一方で、古いシステムの更新が難しい、従来のビジネスモデルが定着しているなど、DX推進に伴う課題も多いのが現状です。
本記事では、日本経済の基盤とも言える金融業界に焦点を絞り、DX化への課題やIT活用方法、具体的な成功事例を紹介します。
金融業界が直面するDX化への課題
金融業界がDX化を進める上で、他の業界に比べ遅れを取っている背景にはいくつかの課題があります。具体的には以下のような課題が挙げられます。
- ・レガシーシステムの複雑さと長期依存
- ・収益全般の減少
- ・進化する顧客体験に追いつかない
- ・業界特有の厳格な規制環境
- ・保守的な組織文化
それぞれの課題について詳しく見ていきましょう。
レガシーシステムの複雑さと長期依存
金融業界では早期からIT技術を導入し、高度なシステムを構築していました。しかし、これらの古いシステム(レガシーシステム)は維持管理コストが高く、新しい技術への対応も難しいため、現在ではDX推進の大きな障害となっています。
さらに、異業種から金融業界への参入が増えている今、競争力を維持するためにも、迅速にレガシーシステムから脱却できるかが重要な課題となっています。
収益全般の減少
金融業界では、これまで顧客からの手数料収入が収益の大部分を占めてきました。しかし、低金利環境や競争の激化により、これまでの収益モデルだけでは安定的な利益を確保することが難しくなっています。特に銀行では、無料で提供してきた口座維持や通帳の発行などに手数料を設ける動きが出てきています。
加えて、少子高齢化の進行による社会保険料の増加や可処分所得の減少により、利用者の金融サービスへの支出も減ると予想されており、さらなる収益悪化の懸念があります。こうした背景から、金融機関は従来のビジネスモデルを見直し、DXを活用した効率化や新たなサービス開発に取り組む必要があるのです。
進化する顧客体験に追いつかない
金融業界以外のサービス、たとえばECや動画配信、交通アプリなどでは、ユーザーの利便性を徹底的に追求した体験が当たり前となっています。こうした環境に慣れた顧客にとって、従来型の金融サービスは使いにくく、魅力に欠けると感じられる場面も増えています。
最近では、銀行や証券会社でもスマートフォンアプリの導入や機能強化が進み、以前より使いやすくなってきてはいるものの、単に“使える”だけでは差別化にはなりません。顧客が期待するのは、直感的に使えて、ストレスのない、洗練されたユーザー体験です。そのためにも、ITの活用を前提とした抜本的なサービス設計やUX改善の戦略が求められています。
業界特有の厳格な規制環境
金融業界では、金融庁をはじめとした各種監督機関による法令・ガイドラインが数多く存在し、それに準拠した業務運用が義務付けられています。
たとえば、顧客情報の取り扱いや取引記録の保存、システム変更時の監査対応など、慎重さが求められる場面が多く、自由なシステム変更やクラウド活用が難しいケースもあります。
そのため、革新的な技術を取り入れる際には、規制対応と実務効率のバランスを取る高度な判断が必要になります。
保守的な組織文化
金融業界では、長年にわたって築き上げられてきた堅実な業務フローや意思決定プロセスが根強く残っており、変化に対する慎重な姿勢が定着しています。
特に、大手金融機関では、ミスやリスクを極度に避ける傾向があり、新しい技術の導入に対しても「前例がない」「リスクが読めない」といった理由で消極的になるケースが少なくありません。
こうした保守的な組織文化は、DX推進においてスピード感や柔軟性を求められる局面で大きな壁となることがあります。変革を進めるためには、経営層から現場まで、意識改革と成功体験の積み上げが必要不可欠です。
金融業界におけるIT活用
金融業界におけるIT活用方法には、代表的なものが6つあります。
- ・クラウドの活用
- ・RPAの活用
- ・AIの活用
- ・生成AI(例:ChatGPTによるFAQ対応、書類作成支援)
- ・チャットボット(カスタマーサポートの自動化)
- ・eKYC(オンライン本人確認)
これらの技術は業務効率化やコスト削減、顧客満足度の向上に大きく貢献しており、多くの金融機関で導入が進んでいます。
それぞれの技術について詳しく解説していきます。
クラウドの活用
金融業界では長らくオンプレミス型の自社専用システムが主流でしたが、近年ではクラウド環境への移行が進みつつあります。クラウドを活用することで、システムの柔軟性や拡張性が高まり、コスト削減や災害時のリスク分散にも寄与します。
たとえば、インターネットバンキングの導入はその代表例であり、口座情報の管理や各種手続きをオンラインで完結できるようになったことで、店舗に行く必要がない利便性の高いサービスが提供可能となっています。これは、平日に時間が取りづらい顧客層にとって非常に有用です。
さらに、顧客サービスの向上だけでなく、社内業務においてもクラウドによる顧客データの一元管理が実現し、業務効率の改善にもつながっています。
一方で、金融業界では取り扱う情報の機密性が高いため、クラウド導入に対するセキュリティ面の懸念が根強く、慎重な検討が求められるのも事実です。セキュリティ対策と信頼性を両立させながら、いかにクラウドを効果的に活用できるかが今後の鍵となります。
RPA(業務自動化)
RPA(Robotic Process Automation)は、人の手を介さずに定型的な業務を自動で処理できる技術であり、金融業界においても導入が進んでいます。手作業で繰り返されていたデータ入力や書類作成などの業務をRPAで自動化することで、大幅な作業時間の短縮と人的ミスの防止が可能になります。
金融業界ではDX人材の確保が難しいという課題も抱えているため、RPAの導入は即戦力的に効果を発揮しやすい手段と言えるでしょう。これにより限られた人材をより戦略的・付加価値の高い業務にシフトさせることができ、業務効率化と生産性向上の両立が期待されます。
また、RPAは比較的導入コストが抑えられ、短期間で成果を実感しやすいため、DXの第一歩としても有効です。
AIの活用
AI(人工知能)は、金融業界におけるDXの中核を担う技術のひとつです。特に、膨大な量の顧客データや取引情報をもとに、高度な分析や予測を行える点が強みです。これにより、与信審査や資産運用アドバイス、リスク管理などの分野で、従来は人間の判断に依存していた業務の精度を大幅に向上させることが可能となります。
また、AIが日常的な業務の一部を自動化・最適化してくれることで、担当者はより専門的で創造的な業務に集中できるようになります。たとえば銀行業務では、融資審査のプロセスにAIを組み込むことで、顧客属性に応じた柔軟な判断が可能となり、審査時間の短縮と貸出先の拡大が図れます。
AIの活用は単なる業務効率化にとどまらず、ビジネスモデルそのものの変革を促す可能性を秘めていると言えるでしょう。
生成AI(例:ChatGPTによるFAQ対応、書類作成支援)
生成AIは、従来のAIよりも自然な文章生成能力に優れており、金融業界でもその活用範囲が広がっています。顧客からの問い合わせ対応や各種文書作成を自動化することで、業務負担の軽減と対応スピードの向上を実現します。
たとえば、FAQの自動生成や帳票・契約書のたたき台作成などに利用することで、担当者の確認作業だけで済む場面が増え、業務効率を大きく改善できます。また、チャット形式のインターフェースを活用すれば、よりユーザーに寄り添ったサポート体制も構築可能です。
今後は、与信審査や顧客分析への応用も期待されており、生成AIは金融業界における新たな業務基盤として注目されています。
チャットボット(カスタマーサポートの自動化)
チャットボットの導入により、金融機関は24時間365日、顧客からの問い合わせに自動で対応できるようになります。これにより、従来は営業時間内に限られていたサポート体制が拡張され、顧客満足度の向上に直結します。
また、チャットボットは顧客対応の初期段階を担い、よくある質問や簡易な手続きに即座に回答することで、オペレーターの負担を軽減します。これにより、複雑な案件への対応に人手を集中させることが可能となり、対応品質の向上にも貢献します。
さらに近年では、AIを組み込んだチャットボットも登場しており、文脈理解や自然な会話が可能になってきています。これにより、顧客との対話がよりスムーズかつ人間らしいものとなり、サービス全体の印象を高める効果も期待されています。
eKYC(オンライン本人確認)
eKYC(electronic Know Your Customer)は、オンライン上で本人確認を完結させる仕組みであり、金融業界において急速に普及しています。スマートフォンで本人確認書類を撮影し、顔認証などと組み合わせて認証を行うことで、来店不要で安全かつ迅速に本人確認を実施できます。
これにより、顧客の利便性が飛躍的に向上するだけでなく、金融機関側にとっても手続きの効率化、審査時間の短縮、人的コストの削減など多くのメリットがあります。また、不正口座の開設やマネーロンダリング防止にも効果があり、法令遵守の強化にもつながる重要な取り組みといえます。
今後、eKYCは金融業界のデジタルシフトを支える重要なインフラとして、さらに幅広い領域での活用が期待されています。
【DX事例】金融業界で成功したIT活用
実際にDXを取り入れ、業務効率化や顧客満足度の向上を実現した金融機関の取り組みを紹介します。
- 三井住友銀行:AIアシスタント「SMBC-GAI」による業務効率化
- セブン銀行:次世代ATMの導入
- 三菱UFJ銀行:Morganチャットアプリの開発と導入
- 野村證券:生成AIを活用したSFAシステムの開発と導入
- みずほ銀行:デジタル通帳アプリの開発と導入
いずれも、最新技術の導入によって具体的な成果を挙げており、今後のDX推進を検討するうえで参考となる事例です。
三井住友銀行:AIアシスタント「SMBC-GAI」による業務効率化
三井住友銀行(SMBC)は、生成AIを活用した社内専用のAIアシスタント「SMBC-GAI」を開発し、2023年7月からMicrosoft Teams上での運用を開始しました。このAIアシスタントは、文章の要約や翻訳、プログラミングコードの生成など多岐にわたる業務支援機能を備えており、日常業務の効率化と従業員の生産性向上を図る目的で導入されています。
導入当初から高い利用率を誇り、1日あたり約12,000件、2秒に1回のペースで活用されており、業務に密着したツールとして定着しています。特に、社内の問い合わせ対応や文書作成業務の省力化に貢献し、業務の質とスピードの両立を実現しています。
さらに、OpenAIとの契約を通じて最新の生成AI技術を取り入れ、今後は顧客サービスや新たなビジネス創出への応用も期待されています。
※参考:SMBC DX Link記事
セブン銀行:次世代ATMの導入
株式会社セブン銀行は、NEC(日本電気株式会社)と共同で、世界トップレベルの認証精度を誇る顔認証技術を搭載した次世代ATMを開発し、2019年9月より順次全国の店舗に導入を開始しました。
この次世代ATMでは、顔認証による本人確認やQRコード決済のほか、AIによる現金需要の予測、IoTによるATM各部品の故障検知・予測といった機能が搭載されています。これにより、利用者の利便性が大幅に向上するとともに、ATMの保守・管理業務も効率化されています。
従来のATMが担っていた基本的な金融取引に加え、セキュリティ性とサービスの幅を拡張した次世代ATMの導入は、キャッシュレス社会への移行や非対面での本人確認ニーズの高まりに対応する重要な取り組みとして注目されています。
※参照:セブン銀行 プレスリリース
三菱UFJモルガン・スタンレー証券:AIチャットと有人対応を融合したバーチャル店舗の構築
三菱UFJモルガン・スタンレー証券では、顧客との新たなコミュニケーション手段として、2018年にバーチャル店舗「MUFGテラス」を開設しました。この中で導入されたのが、チャットボット「マーケットAI」と有人チャット対応「フィンシェルジュ」です。
「マーケットAI」は、株価や市況などのマーケット情報をチャット形式で自動案内するAIツールで、顧客が時間や場所を問わず最新の情報を得られるよう設計されています。一方、「フィンシェルジュ」は、有人によるチャット相談機能で、専門スタッフが個別の資産運用相談にリアルタイムで対応する仕組みです。
これらの取り組みにより、同社は“ネット証券より手厚く、対面より手軽に”という新しいスタイルの投資支援を実現。チャット技術の活用によって、非対面でありながらも高付加価値な顧客体験を提供するモデルを構築しました。
※参照:三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社(バーチャル店舗「MUFGテラス」開設に関するお知らせ)
野村證券:AIチャットボットによる問い合わせ対応自動化
野村證券では、社内業務の効率化と人員リソースの最適化を目的として、AIチャットボットを導入しました。このチャットボットは、社内からの定型的な問い合わせ対応に活用されており、運用開始後は3名体制で行っていた業務を1名で対応可能な体制へと効率化することに成功しました。
この取り組みによって、従業員の対応時間が大幅に削減されただけでなく、業務の属人化解消や応答品質の標準化といった効果も得られています。結果として、社員はより付加価値の高い業務に集中できるようになり、全社的な生産性の向上にもつながっています。
野村證券は今後も、社内業務の自動化やデジタル化を進め、働き方改革と業務品質の向上を両立させるDXの取り組みを推進していく方針です。
※参照:野村證券、AIチャットボットを導入。運用体制を3名から1名に
みずほ銀行:デジタル通帳アプリの開発と導入
みずほ銀行は、ペーパーレス化と顧客利便性の向上を目的として、デジタル通帳サービス「みずほe-口座」と「みずほダイレクト通帳」を導入しました。これにより、従来の紙の通帳に代わり、オンラインで最大10年間の取引明細を確認できるようになり、顧客は場所や時間を問わず取引履歴を閲覧できるようになりました。
また、スマートフォンを活用した「口座開設&マイナンバーお届けアプリ」では、eKYC(electronic Know Your Customer)機能を搭載し、本人確認手続きをオンラインで完結できるようにしました。これにより、従来は店頭で行っていた口座開設手続きが、非対面かつ迅速に行えるようになり、顧客の利便性が大幅に向上しました。
※参照:みずほ銀行、通帳レスの「みずほe-口座」スタート–eKYCアプリも提供(CNET Japan)
まとめ
金融業界でのIT活用やDXの取り組みは、これからの成長には欠かせません。特に、顧客のニーズが多様化し、技術の進化が進む中では、時代の変化に合わせて柔軟に対応していくことが必要です。デジタル技術をうまく取り入れれば、業務の効率化やコストの削減だけでなく、サービスの質もより良くすることができます。
企業が今後も選ばれ続けるためには、DXに前向きに取り組み続ける姿勢が大切です。どのようなデジタル戦略を選び、どのように活かしていくかによって、企業の未来も大きく変わっていくでしょう。
—————————————————————————————————————
システム開発、アプリ開発、新規事業立ち上げ、DX化の推進でお困りではありませんか?
日本全国には開発会社が無数にありますが、Webサービスやアプリサービスのスケール(規模拡大)を実現するビジネス推進力やシステムの堅牢性、可用性を意識した設計力・技術力を合わせ持つ会社は、全国で見ても多くはなく、弊社は数少ないその一つ。お客様のご要望通りに開発することを良しとせず、お客様のビジネス全体にとって最適な解を模索し、ご提案ができるビジネス×テック(技術力)×デザインの三位一体型のシステム開発/アプリ開発会社です。ITやDX全般に関して、何かお困りのことがございましたら下記の「GeNEEへのお問合せ」フォームからお気軽にご連絡いただけたらと思います。
—————————————————————————————————————

コンテンツマーケティングディレクター
慶應義塾大学卒業後、日系シンクタンク(三菱総合研究所)にてクラウドエンジニアとしてシステム開発に従事。
その後、金融市場のデータ分析や地方銀行向けITコンサルティングを経験。さらに、Eコマースでは大手EC会社(楽天)の企画部門に所属し、ECプラットフォームの戦略立案等を経験。
現在は、IT・DX・クラウド・AI・データ活用・サイバーセキュリティなど、幅広いテーマでテック系の記事執筆・監修者として活躍している。